7月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31

過去のエントリ
2009年1月
2008年12月
2008年8月
2008年7月
2008年5月
2008年4月
2008年3月
2008年2月
2008年1月
2007年12月
2007年11月
2007年10月
2007年9月
2007年8月
2007年7月
2007年5月
2007年3月
2007年2月
2006年11月
2006年10月
2006年9月
2006年8月
2006年7月
2006年6月
2006年5月
2006年4月
2006年3月
2006年2月
2006年1月
2005年9月
2005年8月
2005年7月
2005年6月
2005年5月
2005年4月
2005年3月
2005年2月
2005年1月
2004年12月
2004年11月
2004年10月
2004年9月
2004年7月
2004年6月
2004年5月
2004年4月
2004年3月
2004年2月
2003年12月
2003年10月
2003年9月
2000年1月



blog seo tool : track word
blog SEO tool

メインページ | 最近更新したページ Carbuncle (ノート)


夢の国
ここはフリー百科事典ウィキペディア (Wikipedia) 日本語版の利用者であるCarbuncleによる、ウィキペディアに関すること・関しないことについての覚書のためのサイトでした。2007年4月以降は一応凍結中ということになってますが、稀に更新するかもしれません。

この画像の著作権表示を見る[著作権] 動画の YouTube へのアップロードを「引用」として正当化できるか? という議論(前) [link]

ここ数日 Wikipedia の話ばかりなので、今日は目先を変えて動画共有サイト YouTube の話。
YouTube に関しては、ユーザが手軽に動画をアップロードできることから、著作権を侵害するコンテンツが多数登録されるという問題が指摘されていたが※註1、最近では日本でも、テレビ局が削除要請をした結果削除されたという話を日常的に聞くようになった※註2

そんな YouTube への動画アップロードに関して、最近これは引用として認められるのではないかという主張が現れて、議論を呼んでいる。だいぶ時機を逸した感はあるけれど、今日はその主張の根拠とそれをめぐる議論の状況を概観・整理して、個人的に思うところを述べたいと思う。

というわけで、(たぶん)発端となったこちらのブログの記事から。
  • YouTubeを使ったテレビ番組の『引用』の合法性に関する一考察(中島聡・ネット時代のデジタルライフスタイル、2006年7月21日)

  • 「新聞のコラムニストやブロガーが、他人のブログやコラムからテキストの一部を『引用』してそれに関する議論を展開することは、既にごく一般的にされていることである。そこで私が問いたいのは、「YouTubeは今までテキストでしか可能でなかった『引用』を単にビデオにまで広げたもの」と考えることは出来ないだろうか、という質問である」
    (「中島聡・ネット時代のデジタルライフスタイル」より)

    「単にビデオにまで広げたもの」という意味は、次のように解釈できるだろう。今ここでは上記ブログの記事が文章で書かれていたから、それを文章の形でそのまま引用した。しかしもしもこの指摘がポッドキャストを使ったブログによって音声でなされていたらどうだっただろう。
    このとき引用の手段としては、あのブログで「××」との発言があった、として文字に起こして引用するやり方と、音声ファイルそのものを提示して、あのブログでの発言をお聞きいただきたい、として音声のまま引用するやり方とが考えられる。しかし後者のやり方は、当該発言部分だけの音声ファイルを自前で用意する手間を考えると、あまり現実的ではなく、それ故ほとんどそのような引用は行われなかった。
    次に、引用したい発言が現実社会で行われ、それを撮影した動画があるという場合にはどうだろう。ブログの例だと考えにくいので講演会を考えよう。講演会での発言を引用したいときには、ここでも、彼は講演会で「××」と言った、として文字に起こして引用する方法がある。
    その一方で、その場面を撮影した動画が利用可能であれば、その場の臨場感や発言者の微妙な身振りを伝えるために動画の形で引用したいという願うことにも十分な理由がある。だがここでも、音声ファイルのときと同じく、技術的に面倒だという問題があるため、動画そのものの引用が広く行われることはなかった。
    このような段階を考えると、文章で提示された発言を文章の形で引用するという一般的な行為の延長上に、動画で提示された発言を動画の形で引用するという行為があると理解することができる。両者に質的な違いはなく、「単に」引用に際して伝達できる情報が量的に増大しただけである。
    「今までテキストでしか可能でなかった」のは文書以外での利用が技術的に面倒だっただけであり、そこに登場したのが動画の利用を容易にする YouTube というツールなわけである。

    (引用したい著作物の種類→引用の形式
     文章→文章  一般的
     音声→文章  一般的
     音声→音声  面倒
     動画→文章  一般的(なお、文字起こしをする前のデータが動画か音声かという区別に意味はない)
     動画→音声  面倒
     動画→動画  面倒 ⇒ ここに YouTube が登場し、技術的障壁が低くなった)

    そしてその上で、「スプー」事件を挙げて次のように述べられている。
    「テレビ番組や映画を細切れにしてアップロードし、全編を見れるようにしてしまことは違法だが、番組の一部をYouTubeにアップロードして、それに関する自分の意見をブログで表明することは、著作権法でも認められている『引用』に相当するのではないだろうか。」

    「NHKの歌のお姉さんが絵描き歌を歌いながら書いたスプーの絵があまりにも衝撃的だったために、すぐにその映像がYouTubeに上がったのだが、この目的は明らかに「個人的体験の共有」であり、私には著作権法でも認められている『正当な範囲内の引用』に限りなく近いものに思える。」
    (「中島聡・ネット時代のデジタルライフスタイル」より)


    また同氏の別ブログには、次の記述がある。
  • YouTubeを使ったテレビ番組の「一部引用」の合法性に関する意見募集(Life is beautiful、2006年7月21日)

  • 「結局のところ、「テレビ番組の一部を『個人的体験の共有』のためにアップロードすることぐらい許容範囲」と多くの人が思うようになるのか(もしくは、既になりつつあるのか)が鍵である。」
    (「Life is beautiful」より)

    これらの主張についてはあとで触れることにして、今度は以上の問題提起に対する意見を見ていきたい。

    ...と、ここで投稿サイズの関係で以下後編に続く。
    ⇒「 動画の YouTube へのアップロードを「引用」として正当化できるか? という議論(後)

    ---
    註1:米動画サイトYouTubeが「10分間制限」、海賊行為撲滅の切り札になるか(INTERNET Watch、2006年3月28日)
    註2:「スプー」削除の舞台裏 「YouTube」にテレビ局苦慮(ITmedia、2006年6月7日)、「極楽とんぼ」加藤さんの謝罪動画、YouTubeから削除(ITmedia、2006年7月21日)など


    コメント(0) トラックバック(0)
    2006年07月28日20時46分06秒


    LINE
    Copyright (C) 2003-2006 Carbuncle Almost All Rights Reserved.
    ロゴ画像の著作権表示
    Powerd by News Handler